アゼルバイジャン共和国は日本との関係を築くことに大きな関心を払ってきました。両国の関係はアゼルバイジャンが独立した1991年以降に飛躍的に発展しました。両国の外交的な関係は1992年9月7日に樹立されました。アゼルバイジャン共和国と日本は異なった分野で協力し合い、政治的に非常に強い関係を保っています。両国の経済協力は相互理解・尊重・友好を基調とし発展してきています。
1998年、国家のリーダーであるハイダー・アリエフ、アゼルバイジャン共和国大統領の訪問は両国の双方向の関係に大きな役割を果たし、さらなる大きな発展の弾みをつけました。
統計を見ますと、両国の絆により、急速な発展を遂げています。数億ドルの投資が日本の会社によりアゼルバイジャン共和国に行われました。日本政府は2006年までに推定7億ドルの有償資金協力と7千万ドルの無償資金協力を供与いたしました。日本はアゼルバイジャンにとって最大の投資国のひとつになっています。
両国の貿易高は良好な両国の関係を反映して9千万ドルを超え、さらに伸びています。
近年、イルハム・アリエフアゼルバイジャン共和国大統領閣下の公式訪問で、アゼルバイジャンが政治的に高いレベルで、全世界的に双方向の協力体制の構築を高めているかを示しました。アリエフ氏の訪問中天皇皇后両陛下を訪問し、小泉潤一郎首相、麻生太郎外務大臣と会談しました。この訪問の成果として、以下の、3つの条約が小泉首相、イルハム・アリエフ大統領を含む両国の首脳により締結されました。
- 日本―アゼルバイジャン友好・パートナーシップ促進のための共同声明
- 日本―アゼルバイジャン外務省間の協力に関する覚書
- 日本―アゼルバイジャン政府間の技術協力に関する合意書
2007年、在日アゼルバイジャン共和国の主導により、GUAM+Japanのフレームワーク(枠組み)が決定されました。2007年には、薮中三十二外務審議官がGUAM(グルジア・ウクライナ・アゼルバイジャン・モルトバ)サミットの期間中、最初のGUAM+Japanの会議を開くために、アゼルバイジャンを訪問しました。
これらの会議はアゼルバイジャン共和国と日本の関係のみならず、GUAM + Japanのフレームワークにも弾みをつけました。日本とこの組織の更なる発展は2007年7月、アラム・アシモフアゼルバイジャン共和国外務大臣の訪日期間中に話し合われました。日本外務省は片上慶一氏を欧州局参事官を、GUAM各国との関係を重要視することを示すため、日本外務省特別代表として指名しました。
2007年12月、GUAM諸国のコーディネーター(調整員)が訪日し、高村正彦外務大臣、小池正勝外務大臣政務官、片上慶一GUAM特別代表と会談をしました。この間、財団法人日本国際問題研究所によりフォーラムが開かれ、120名以上の日本の政財界の出席者と報道関係者、研究者が出席しました。さらに、GUAM各国のコーディネーターにより社団法人日本記者クラブにて記者会見が行われました。
経済協力は、1999年にアゼルバイジャン共和国大統領令により設立されたアゼルバイジャン-日本共同経済委員会の中で行われており、これまで両国の経済協力会議を4回開催しています。最後の会議は、2006年11月21-23日の間、アゼルバイジャンの首都バクーにて開催され、大きな成果を得ました。
共同経済委員会アゼルバイジャン側の議長-アビッド・シャリフォフ、アゼルバイジャン共和国副大臣
共同経済委員会日本側議長-横田昭、伊藤忠株式会社取締役副社長
日本・アゼルバイジャン友好議員連盟が議員間の絆の強化と、法律等の情報交換に関する協力を図るために設立されました。
アゼルバイジャン側議長―アベル・マハラモフ、バクー国立大学総長、アゼルバイジャン国会議員(ミリ・マジリス)
日本側議長-甘利明、通商産業省大臣、国会議員
アゼルバイジャンと日本は双方ともアジアのイメージと価値観に根ざした豊かで奥深い文化、伝統、歴史があます。これらの価値観は相互の信頼・友好を伴って私たちを結び付けました。両国は国際舞台の中で互いにサポートしあっています。アゼルバイジャンは日本湖経済発展の様式を継承します。
二国間関連年表
アゼルバイジャン共和国独立承認
1991年12月28日
外交関係樹立
1992年9月7日
アゼルバイジャンにおける日本人の人口:37人(2003年10月)
アゼルバイジャンにおける日本人の人口:14人(2006年12月)
日本との貿易(2006年)
貿易額:188,294米ドル
輸出:44.7千米ドル(キャビア、アルミニウム、綿、ウール)
輸入:118,294百万米ドル(天然ガス・オイルのためのスチールパイプ、機械類)
日本の経済援助:
有償資金協力:700百万米ドル(2006年会計年度までの累計)
無償資金協力:90百万ドル(2006年会計年度までの累計)
文化協力(1975年から2004年までの累積)
225.3百万円(文化無償援助)
8.5百万円(草の根無償援助)
アゼルバイジャンへ訪問した日本の要人
1998年9月 有馬、日本政府特別使節団代表(歴史的シルクロード復興に関する国際会議出席)
1999年5月 高村正彦、外務大臣
1999年 10月 コーカサス友好使節団(中山太郎団長、衆議院議員)
2002年7月 杉浦正健、外務省副大臣(シルクロード・エネルギー・ミッション)
2003年2月 矢野哲郎、外務副大臣
2003年9月 本岡昭次参議議員副議長
2004年8月 甘利明、日本・アゼルバイジャン友好議員連盟会長
2005年1月 逢沢一郎、外務副大臣
2006年7月 山中燁子、外務大臣政務官
2007年7月薮中三十二、外務審議官
2007年8月 松島みどり、外務大臣政務官
訪日したゼルバイジャンの要人
1992年10月 トフィク・ガシモフ、外務省(新独立国支援会議出席)
1996年5月 ナティク・アリエフ、アゼルバイジャン共和国石油会社社長(SOCAR)、イリハム・アリエフ、同社副社長
1998年1月 アーサー・ラシ-ザデ、首相(世界銀行主催のアゼルバイジャンのための諮問グループ会議出席)
1998年2月 ハイダー・アリエフ大統領閣下の公式訪問
1999年3月 アビッド・シャリフォフ、副大臣(プライベートセクターの招待)
1999年10月 アビッド・シャリフォフ、副大臣(日本・アゼルバイジャン共同経済会議出席)
2001年6月 ヴィライェット・ガリエフ、外務大臣(JETRO主催のコーカサス諸国展示会出席)
2001年11月 アビッド・シャリフォフ、副大臣(日本・アゼルバイジャン共同経済会議出席)
2003年1月 カラフ・カラフォフ、外務副大臣
2005年5月 アビッド・シャリフォフ、副大臣(EXPO-2005出席)
2006年3月 イルハム・アリエフ大統領閣下
2007年7月 アラズ・アシモフ、外務副大臣 |